展示内容

白髪一雄記念室 第2回展示「白髪一雄と具体I (初期~中期)」

(2014年04月05日~2014年07月13日)

具体美術協会(通称、「具体」)は、戦後日本を代表する前衛美術グループのひとつです。
白髪はその中心的なメンバーとして活躍しました。
今回は、「具体」の活動の初期~中期(1954~65)に白髪が制作した作品をご紹介します。


《天傷星行者》(1960年)

 

具体美術協会(以下、「具体」)は、芦屋在住の洋画家・吉原治良をリーダーとして1954年に結成された、戦後日本を代表する前衛美術グループのひとつです。若い会員たちは、リーダー吉原の「人のまねをするな」「これまでになかったものを創れ」という指導のもと、既成概念を取り払い、競い合うように新たな表現に挑戦しました。それらは当時、日本国内ではほとんど評価されませんでしたが、今日ではインスタレーションや環境芸術、ライトアート、パフォーマンス・アートの先駆けとして、国際的にも評価を受けています。

 
「具体」は1972年に吉原の死去にともない解散するまで18年間活動しました。今日、その活動は内容の変化に即して、期間を大きく3期に分けることが定着しています。
 
初期1954-57年 結成からミシェル・タピエとの出会いまで
中期1957-65年 「具体」から“GUTAI”へ、絵画表現を中心とした活動へ
後期1965-72年 新しい抽象、テクノロジーを取り入れた表現、そして万博へ
 
今回の展示では、「具体」が既存のジャンルを超えた実験的な作品を多数生み出した初期から、フランスの美術批評家ミシェル・タピエとの出会いを通じて絵画中心の前衛グループへと展開してゆく中期までを、白髪の作品と関連資料をもとに紹介します。
白髪は「具体」結成翌年の1955年に入会すると、早速、中心的なメンバーのひとりとして活躍します。白髪は55年に開催された「真夏の太陽にいどむモダンアート野外実験展」で《どうぞお入りください(赤い丸太)》、「第1回具体美術展」で《泥にいどむ》を発表するなど、初期「具体」の活動を語る上で、また、白髪自身にとっても重要な作品をこの時期に発表しています。
その後、白髪は「具体」中期において、足で描くアクション・ペインターとしての描法を確立しました。その作品は「具体」の活動に関心を持って57年に来日したミシェル・タピエに高い評価を受けます。白髪はタピエの依頼によりパリの画廊で個展を開催する機会に恵まれると同時に、「具体」を代表する作家のひとりとして海外の展覧会への出品も増え、国際的に活躍し始めることとなります。
 
今回の展示では、旺盛な活動を繰り広げた「具体」初期から中期の11年間に白髪が制作した作品を、いくつかのポイントに絞って構成します。
また同時に、「具体」というグループに属しながらも、独自の感性で表現を探求しつづけた白髪の創作活動の一端をご紹介します。
 

《野外具体美術展スケッチ》
(1956年か)

《無題》
(1959年)
《土蜘蛛》
(1964年)
 
《どうぞお入りください(赤い丸太)》
(1955年)
《泥にいどむ》
(1955年)
 

 

※《どうぞお入りください(赤い丸太)》、《泥にいどむ》 は写真資料のみで出品はされません。

 

次回予告

白髪一雄記念室 第3回展示「白髪一雄と具体II(中期~後期)」
【2014年7月26日(土)~10月19日(日)】

過去の展示内容